日本環境変異原ゲノム学会
The Japanese Environmental Mutagen
and Genome Society (JEMS)
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2008年01月22日
医薬品は,病気を治す,または,症状を緩和するために摂取するもので,その多くは合成された化学物質である.治療効果をもたらす薬理作用をもつ一方 で,過剰な摂取などすれば副作用が発現する.医薬品の開発において,より良い薬理作用をもつ化学物質を見出すことは必須であるが,そのものに副作用が少な いことも,薬理作用と同じくらい,あるいはそれ以上に注意深く吟味される.副作用を調べること,すなわち医薬品の安全性を評価するためのひとつの項目とし て,変異原性(遺伝毒性)の評価がある.(注:下線の用語は「関連用語の解説」に解説されています)
遺伝毒性の評価は,これから新たに開発されようとしている医薬品候補が初めて人に投薬される前に実施される.評価は国際的に合意されたガイドラインに準じて,遺伝毒性試験のうち,細菌を用いる復帰突然変異試験(いわゆるエームス試験)と哺乳動物の培養細胞を用いる遺伝毒性試験が最小限行われている.必要に応じて,げっ歯類の動物(ラットやマウス)を用いる小核試験も行われている.これらの試験から得られた成績を総合的に判定して,通常は,遺伝毒性がないと考えられる医薬品候補だけが臨床試験で人に投薬されることになる.
ひとつの医薬品候補が初めて人に投薬されるまでに,概ね3年から5年間の開発期間が必要とされる.この間,数百から数千の医薬品候補について,薬理作用と ともに副作用の吟味がなされるが,上述したように,遺伝毒性に関しては作用がないと考えられるもののみが通常開発されるので,開発の最も早期の段階で遺伝 毒性の有無を調べることが多い.以下に,私たちの研究所でのスクリーニング方法を紹介する.
最初に,医薬品候補の化学構造を選択する段階でのインシリコ(in silico)スクリーニングが行われる.すなわち,実際に化学物質の合成を行う前に合成しようとするものの化学構造式をコンピュータシステムに入力し,既存の変異原と類似する化学構造を有しないかを吟味する.次に,実際に合成された化学物質にDNAに損傷を与える作用がないかを,細菌を用いて検査する.細菌を用いて遺伝毒性を調べる手法としてはエームス試験が一般的だが,開発の早期においては,試験実施に多量の化学物質の合成を必要とすること,試験を実施するために時間と労力がかかりすぎることから,別の手法を用いている.これらのスクリーニングで問題がないと判断された化学物質のみが,開発の次の段階で,エームス試験と哺乳動物培養細胞を用いる小核試験(必要に応じてげっ歯類を用いる小核試験)とで遺伝毒性の評価を行い,遺伝毒性がないと考えられるもののみが更に開発されることになる.
このように,副作用の吟味の中でも特に遺伝毒性に関して手厚い評価を行うのは,DNAや染色体に対する影響は,発がんなど重篤な副作用に繋がりかねないからである.その一方で,スクリーニングという形で変異原を排除することが主体であった研究から,遺伝毒性が人に対してどの程度の危険性があるのか,遺伝毒性の発現メカニズムに基づいて評価を行う試みも始めている.次の機会には,そのような試みを紹介できればと考えている.
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